気持ちの落としどころ

昨日娘から電話があり、「ボックスティッシュとか、そのほかの日用品で余ってるものない?」と言われました。

そんなにお金に困ってるのか・・・という想いで、とりあえず家にあったボックスティッシュと現金1万円、あと昨日焼いたケーキを持って娘に届けに行きました。

彼氏は一応社員で働いているのですが、前の妻との2人の子供の養育費で余裕がないんだとか。

この先どうなるんだろうという事を考えると、心に暗雲が立ち込めます。
学校の心配より、生活する術をもう少し身に着けてあげればよかった・・・と思います。

ただ、小学生の時娘が発達障害だと診断された時、一生そばで面倒を見るんだろうなぁと思ったけど、そんなことはなかった。
中学、高校でいじめや登校拒否があった時、学校をやめたらどうするかも真剣に考えたけど、そうはならなかった。
算数の計算ができない娘がまさかのスーパーのレジの仕事をしていた。

もっと言えば、息子が病気になった時、私は息子が1年生きられると信じてはいなかった。

もっとさかのぼれば、結婚前から、夫の父が車いすだったので、将来100%介護があると思っていたけど、そうはならなかった。

そうやって考えると、将来の不安は考えるだけ無駄、というところに落ち着きます。

今現在の事を考えれば、月1万や2万の援助で娘がやっていけるのであれば、私たちもそのくらいの援助をすることに負担はないのだから、大きな悩みではない、と言えます。

もし、将来大きな問題が出てきたとして、考えるのはその時。
だいたい、大きな問題と言うのは、ある日突然思いもしなかったところからやって来るものなので、準備のしようがないのですが、乗り越えられる糸口はどこかにあると信じてます。

最近、いつもしている小さなピアスが3回もなくなってるんですけど、3回ともありえないタイミングで見つかってます。
以前はどんなに探しても見つからなくて、何度もピアスをなくしてるんですが、最近は、「無くなったら無くなったでいいや。」と探そうとしないと、なぜか見つかるんです。

そんなものなのかもしれません。吉田拓郎の「夢の中へ」でも、♪探すのをやめた時~、見つかることもよくある話で♪と言ってますし。
こうなったら困る~!と常に想って不安な気持ちでいるより、こうなったらこうなった時、と開き直った方がうまくいくような気がします。

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2017-03-28(Tue)
 

大好き

昨日、娘からRINEが届きました。
「ママお誕生日おめでとう。めちゃ金欠でプレゼント買ってあげる事できないけど。ごめんね。」
というものでした。

私が、「覚えててくれてありがとう。プレゼントなんていらないよ~。困ったらまた連絡してきていいからね。」
と送ると、
「そのうちプレゼント買う。でもママにもう迷惑かけれないよ。」
「てゆか、誕生日覚えてるのあたりまえだよ。ママ大好きだから。」

この言葉を見て、思わず胸に熱いものがこみ上げてきました。

大好き。

私は、この言葉を胸の中で想う事はあっても、言葉で誰かに伝えたことはありません。
ひとつは照れ臭いのと、あとは、相手がどういう反応をするのか事前に考えすぎてしまうから。
そして、人の感情というのは移ろいやすくて、大好きな時もあれば、大嫌いな時もある。そんな後先の事まで考えてしまう。

きっと、そんな計算のできないピュアな娘だからこそ、さらっと言える言葉なんだろうけど。

私と娘はずっと円満に暮らしてきたわけではなく、むしろ戦いの連続でした。
私は、夫や息子とはけんかをしたことがないのですが、娘とはお互いを傷つけあい、どちらかが家を出るほど激しいけんかをしました。
小学生の頃、娘を育てる自信を無くした私は切羽詰まって児童相談所に、「このままでは娘に何をするか分からないから、預かってくれるところはありませんか。」と電話をかけたことがあります。(恐ろしいよね)
「あるにはありますが、お勧めできるところではありませんよ。」という事でその話は終わったのですが。
それでも何度か娘の育児に投げやりな気持ちになりました。

ですが、結局すべてのトラブルに自分ではできるだけのことはしたと思います。

そんな娘だから余計に「ママ大好き。」の一言に心が震えるんだろうなぁ。
もちろん、これはハッピーエンドではなくて、娘にはまだまだ試練が待ち構えていると思っていますが。

でも、ほんの一瞬でしたが嬉しかったです。
最高のご褒美でした。

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2017-03-23(Thu)
 

娘に会って元気をもらう

まさか娘に会って元気をもらう日が来るとは・・・(笑)

今日は娘が有給をとっておばあちゃん(夫の母)に会いに行きたいというので、行って来ました。
娘とは昼食を2人でとってから、片道1時間のドライブで横浜へ行き、おばあちゃんの家で2時間ほど滞在し、その後地元のスーパーで一緒に買い物をして、アパートに送って行きました。

半日一緒にいたのでいろんな話ができました。おばあちゃんと接している娘の様子も見ていました。

娘の彼氏は、聞けば聞くほどダメ男です。最近は、「生きることに疲れた。」と言うのが口癖のようです。
生活苦もありますし、仕事と家事の両立でも疲れていそうです。

でも、娘はやけにあっけらかんと話すのです。
私が、「彼のどこがいいの?」と聞くと、「ただ一緒にいたいだけ。」と言い、前の奥さんと娘の間で揺れ動いているような言動もあるので、「彼がいつかそっちへ行ってしまうかもよ?」と言っても、そうなったらそうなった時、という感じで、「自分の気持ちを彼に押し付けることはできない。他人に迷惑をかけないなら自分には迷惑をかけられてもかまわない。私の大切な人たちに迷惑がかかるのは嫌だけど。」

いつの間に、そんなに悟ったようなことを言うようになったんだろう。これぞ無償の愛なのだろうか。

お金のことに関しても、おばあちゃんからおこずかいをもらい、遠慮する娘に対しておばあちゃんが、「大丈夫よ。私はお金がたくさんあって使い切れないの。」と半分冗談で言うと、娘は「かっこいい~。」と感心し、「お金がいっぱいあって使い切れないなんて言ってみたい~!」と言って、からからと笑いました。

第3者から見ればどう見ても幸せとは思えない状況なのに、さばさばとありのままに生きている娘。

いつも私は娘を不憫だと思い、心配の種でしたが、今日はいろんな不安要素を聞いたにもかかわらず心配する気持ちよりも、逆に娘に元気をもらいました。

さっ、明日からもがんばろっと。

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2017-03-01(Wed)
 

娘のふところ事情

昨日、娘から、「給料日までの生活費が足りなくなりそうなので、お金を貸してほしい。」と電話がありました。
娘と彼氏の給料日は毎月15日です。

私にとっては想定内なので、さして驚くこともなく、とりあえず2万円を封筒に入れて、それ以外にも財布に入っていた5千円を渡しました。「返さなくていいよ」と伝えました。
娘のアパートの水道料金が、前回までは下水道使用料が0円だったのに、浄化槽から下水道に工事したらしく、いきなり4000円ほどの下水道使用料を払わなくてはいけなくなり、娘にとってはパニックです。

去年の春に息子と娘、2人ほとんど同時にうちを出ましたが、実はそのスタート地点から息子と娘には経済的な格差がありました。
息子は半年の入院の後、1年半以上の自宅療養の期間がありましたが、前に働いていた時の貯金に加え、傷病手当を満期分もらった後、失業保険ももらっていて、息子の貯金額は200万を超えていたと思います。医療費は保険金でまかなえた部分以外は、うちの家計から出していました。
そして、独立資金としてうちから50万出し、祖母(夫の母)からも50万もらいました。
しかも、今は息子と彼女は2人とも社員として働いているので、そこそこいい暮らしをしています。

対して娘は、前職で貯めた貯金のほとんどを、1年間のニート暮らしで使い果たしてしまい、(ニート生活の間も、携帯と、健康保険料は引き落とされていました)、ほとんど貯金がないまま出ていきました。
うちからは、息子と同じ額の50万の独立資金は渡しましたが、彼氏も一文無しの状況だったため、アパートの初期費用と、家具、家電で使い果たしました。
祖母からの援助は、私からこっそり断りました。パチンコ好きの彼氏に使われる恐れがあった為です。
しかも、彼氏は前の奥さんとの間の子供2人の養育費を払わなくてはならず、娘もパートなので先月のようにインフルエンザで休んだりしては、その分給料が入らないわけです。

なので、娘には困った時には連絡をするよう伝えていて、ぎりぎり何とかなる分の援助をしようと思っています。
でも、10か月たって、初めての援助要請だったので、頑張ってるな~と思ってました。
息子より生活能力のない娘に、祖母からの援助を断るなど、かわいそうな気もしますが、娘と彼氏の性格を考えれば、追い詰められない程度に経済的な苦労をした方がいいような気がするのです。
経済的に困る=働くモチベーションになると思うからです。

私たち夫婦も夫の両親にはかなり助けていただいたので、娘に援助することは苦にはならないのですが・・・
不憫に思えてしまうのはどうしようもないですね。。。

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2017-02-06(Mon)
 

3年前の2月2日の話

息子をお持ちのお母さんにはなんとなくわかっていただける気がするのですが、息子は私にとってまるで恋人のような存在でした。

息子とは夫よりも会話が弾みましたし、私の手伝いもよくしてくれました。
その息子が緊急入院をしたのが3年前の2月2日でした。その日は日曜日でした。

1週間ほど前から熱や体の痛みを訴えていた息子でしたが、最初はインフルエンザや気胸を疑われ、入院の前日になってやっと近くの医院で血液検査をしたのですが、まだ結果待ちの状態でした。
でも、全身に現れた内出血を見て、私が不安を抱き、血液内科のある大学病院を調べていました。
2月2日の夜になって息子が苦しくて我慢ができないというので、私が大学病院に連れて行きました。息子はもう、私につかまらないと歩けないような状態になっていました。

当時、夫は単身赴任中で、娘は前の彼氏のうちに泊まりに行っていました。
結果が告げられたのは夜の10時半を回っていたと思います。最初に私が医師からだいたいの病名を告げられ、そのあと息子も含めて、この後の治療計画をざっくり説明されました。
私と息子はごく冷静に話を聞いていました。
嫌な予感が当たっていた、と言う感じで、悲しみよりも、「これからが大変だ」という想いの方が強かったです。

そのあと息子は車いすで連れていかれました。緊急なので部屋がなく、とりあえずICUに入れられることになりました。
pm11時頃、夫に電話で、「〇〇が白血病だって・・・」と言った瞬間、初めて嗚咽がこみ上げてきました。夫は翌朝、とりあえずこっちに来てくれることになりました。

それから深夜にわたって、入院に関する説明や、同意書、資料などを渡され、私は1人で家に帰りました。
帰り道は濃霧に覆われていて、しかもまだ道が不慣れな私は迷いながら、家に着いたのは夜中の2時になっていました。

家に帰ると息子に食べさせようと思っていた雑炊がそのまま置いてありました。
私は、夕飯を食べていなかったのでそれを少し口に入れながらすべての書類に目を通し、書くものは書いて、翌日持って行かなくてはならないものをそろえました。頭はやけにはっきりしていました。

息子の部屋に入ると、デスクトップのパソコンの画面がオンラインゲームの起動状態になっており、私はどう終了していいかわからずに四苦八苦してどうにか電源を切りました。まるで息子は拉致されたかのようだと思いました。

そして一睡もせずに翌朝を迎えたのです。
それがちょうど3年前の話。
その時の気持ちを今、どのように表現していいか考えてみると、帰ってきた道と同じ、暗い、霧の中を1人で置いて行かれたような・・・、でも、気力は失ってなかった気がします。

その出来事は、悲しみの記憶として私の心の中にいつもあります。でも、忘れちゃいけない気もするんです。

最近、息子の手作りの夕食の写真がLINEで送られてきました。

まさやのご飯

あ~!やっぱり理想の恋人だなぁ。彼女に嫉妬しちゃうよ~。
息子から「きもっっ!」って言われそうですが(^-^;

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2017-02-01(Wed)
 
プロフィール

スマイルバナナ

Author:スマイルバナナ
50代主婦です。
2人の子供達は独立し、今は夫と二人暮らしです。
接客のパートをしています。
日々の出来事、心境を綴ります。